デジ猿日誌、早速2本目の記事です。
なんだか山猿日誌を起ち上げた2017年を思い出します。当時は、念願のブログ開設後、ブログ起ち上げにあたり読み漁った本に書いてあった「まずはとにかく記事をたくさん書け!」を守って、初月は20本ぐらい書いたと思います。(今は良くて週1本…)
今回も一応はそんな意気込みではありますが、まぁ気負わずマイペースに書いていきたいと思います。
プログラミングを学ぼうと思った理由
今回はずばり「プログラミングを学ぼうと思った理由」について。
人の動機なんて別に興味ないとは思いますが、これはあくまで”自分のための”備忘録です。
何事もそれを始めたときの「一番最初の動機」って大事。それが、継続するための「原動力」になったりするものです。でも、とかく人間は(というか僕自身が)忘れやすい生き物なので、初心を振り返りたくなったときにこの記事に戻ってきたいと思っています。
というわけで早速ですが、理由を。
大きく分けて下記2つです。
- 「好奇心」を満たしてくれるから
- 自分自身の「生存戦略」として
それぞれ補足していきます。長いです。
理由その①:「好奇心」を満たしてくれるから
前回の記事(【ご挨拶】はじめまして、「デジ猿」です。)で、『「デジ猿日誌」をやろうと思った理由』を書きましたが、それの1つ目と同じです。
理由の1つ目は、「好奇心を満たしてくれる」、つまり「ワクワクする」からです。
単細胞か!っていうツッコミが飛んできそうですが、何かを始めるにあたってこれってほんとに大切だと思います。
僕の大人になってからのワクワク経験談でいいますと、まぁやっぱり「トレラン」ですよね。7~8年前に友人からの誘いを受けたときに、直感的に「これはなにやら面白そうだぞ?」というワクワクセンサーが反応したのを覚えています。
そこからはご存知のとおり、お陰様で今でも続いているし、トレランを皮切りに、その後登山にキャンプに”自然アクティビティ”にどっぷり浸かっております。なんなら”人並み”を外れて”変態”の域に突入していますね、てへぺろ。いずれにしろ、間違いなく僕の人生の大きな部分を占めるようになりました。
今回の「プログラミング」も似たような感覚があります。
とはいえ今回は、トレランのように「趣味」の領域とはちょっと異なり、どう考えても「キャリア」に関わる話なので、好奇心の赴くままワクワクセンサーに瞬発的に飛びついたわけではないのですが、ワクワクしていることは事実です。なので、この感覚は大切にしたい。(キャリアに絡めた話は、理由その②で言及します)
以下は、引用でもなんでもなく僕のつぶやきです。今回の記事で述べたい「理由」とは直接的な関係はないので読み飛ばしていただいて構いません。「教育」について思うことです。
ちなみに、数学とか物理とかのいわゆる「理系」と呼ばれる分野に対して、苦手意識が半端ない僕にとって、「プログラミング」という世界は完全に”そっち”の世界のものでした。
でも今は本当に便利な世の中で、正確に情報を掴んでいくと全然そんなことないし(まったくもって「理系が苦手」とかでビビる必要がないことがわかった)、そう感じさせない教材もネット上にたくさん転がっています。
こんな自分とのやり取りを踏まえて、やっぱり「教育って大事だな」と感じるに至ってます。いきなり何を言い出す?って感じですが、僕は数学とか物理とか化学とか「数式」が出てくるものは本当に苦手で見るだけでゲンナリします。
プログラミングなんてその最たるもの!
“黒いメモ帳”みたいなブラック一面の画面に英数字がひたすら並んでいるよく見るアレ、どう見てもパッと見「数式の塊」じゃないですか??もう見ただけで無理無理無理ーーーー、です。閉店ガラガラ。
ということで、僕の人生における「プログラマーへの道」、言い換えると「知性的な人生」は、高校生時代に一度完全に消え去りました。その後しばらくは”脳みそも筋肉”の体育会系人生を歩むことになります。
でももしこれ、学びの入口が「数式」ではなかったら?と思うわけです。科目名が「数学」や「物理」や「化学」ではなくて、「山遊びに必要な数学」とかだったら?(そんなアプローチあるのか知らないけど)
つまり、興味が湧くことの先にあるものが「数学」だったら??と思うわけです。
やりたいことやワクワクすることが先にあって、それを実現するための「手段」としての数学であれば、興味も湧くし、モチベーションも継続する。
順序って大事。つまり、そういうことです。
デジ猿のつぶやき
つぶやきが長くなりました。
理由その②に進みます。
理由その②:自分自身の「生存戦略」として
理由2つ目は、「生存戦略」としてです。
情報感度の高い人にとっては、そこらの書籍でよく見かけるつまらない話なので、ここで「閉じる」をクリックしていただいて結構です。デジ猿の思考に興味のある方はもう少しお付き合いください。
生きていくための「確固たる武器がない」という危機感
「生存戦略」、つまり、自分が今後「何を武器に、どう生きていくか」という話になります。
僕は今、「フリーランス」です。とはいえ、現在の所属先がちょっと変わっていて、厳密にはフリーランス的な働き方ではなく週に4日は必ず稼働し(5日ではなく4日)、毎月必ず報酬をもらえている環境なのですが、法的には間違いなく「個人事業主」。
国民年金も社会保険もすべて全額負担、交通費、通信費もすべて自分持ちです。現在の職場はすでに4年目に突入していますが、普通のフリーランスに比べたら”安定”はしていると思いますが、いつ”食い扶持”がなくなってもおかしくはありません。
なので、自分の今後の身の振り方を真剣に考えねばなりません。(と思って早2年ほど経過しましたが…ようやく真剣に考え始めたナウです)
でも自分には「武器」がないんです。営業としての経験値はあるので「コミュニケーション力」などはもしかしたら「武器」として使えるのかもしれませんが、別にノウハウ化しているわけでもないし、トップ営業マン!的な実績を築いてきたわけでもありません。いかんせん武器としての「エッジ」に欠けます。
稼げる「武器」がない。
会社員という、組織に属するレールは下りた自分ですが、いろいろといきさつがあり、たいした「武器」もないままにそのレールを下りたというのが実態。今食えているのは「運がいいだけ」なんです。なので、さすがに危機感を感じています。
エンジニア不足×ワクワク領域=やって損なし
「エンジニア不足」という言葉を聞いたことありますよね?ええそうです、そうなんです、全然足りてないんです、エンジニア。別に仕事の現場でエンジニア不足を実感することはないんですが、データ的に(そして肌感的に)明らかに足りてないんです。

さらにこれからの世の中、IoTなんかがさらに普及して”当たり前”になっていくと、それこそ身の回りはインターネットだらけになるわけです。
スマホを手に入れてからというもの、”常にインターネットに接続されている感”は現時点でもありますが、今後はその比ではなくなります。身の回りのすべてがインターネットに接続された状態になる。
電脳世界とまでは言わないまでも、ITに囲まれた暮らしに嫌気が差している人もいるかもしれませんが、そんなことは言ってられない。完全自給自足の農耕民族として生きることを選ぶ人は良しとして、それ以外の大多数の人はこれからも「ITの恩恵にあずかって」生きていくわけです。IoTはそのほんの一例。
なので、ITが僕ら人間にとってさらに「必要不可欠」になることは火を見るよりも明らかなんです。
そういう前提があった上で、ですが、モノとインターネットを繋いでそれを動作させるために必要なものは「プログラム」、プログラムを書くのは「プログラマー」です。
世界はとっくにですが、日本もようやくIT教育に本腰を入れ始めました。今はコロナ禍で教育現場はそれどころじゃなくなってますが、2020年、つまり今年から、小中学校ではプログラミング教育が必修になりましたよね。
義務ですよ、義務。これの意味するところは大きい。ほんと僕らの時代からそうしておいてほしかったと心の底から思います。
結論、見出しにもつけましたが、市場のニーズがあって(身も蓋もない表現をすると、”お金を稼げて”)、且つ、自分のワクワクする領域なのが、今回の「プログラミングを学ぼう」という決心に至った、現実的な理由です。
話変わって、今のプログラマーの報酬レベルを調べてみました。
いろいろ見た感じ月収40~80万といったところでしょうか。当然もっと稼いでいる人から全然稼げていない人まで幅広くいると思います。そもそもそんなに甘くないこともわかっています。なんせ、まったくのドシロートからのスタートですからね。
会社員エンジニアとフリーランスエンジニアでも報酬レベルには差がありますが(フリーランスエンジニアのほうが報酬レベル高いです)、エンジニア不足であることには変わりないので、最悪また会社員になったとしても、エンジニアとしてのスキルを持っていれば「食いっぱぐれ」のリスクは(今に比べたら)減るはず。
理由①に戻りますが、今のままだといずれ本当に食いっぱぐれます、わたくし。35歳で中途半端な営業スキルとか、どこも雇ってくれません。
なので「遅きに失する」とか悲観的になってる場合ではないんです。やらなきゃいずれのたれ死んでしまうので、やる。今回はそんな心持ちです。
ちなみに一方で、パラレルワークの一つである「Regional Sports」というチームでは、「プログラマー」とは相反(あいはん)する、「人間らしい生き方ってなんだっけ」といったところを出発点とした取り組みをしています。(本格的な活動はこれから)
体を動かすことや自然の中に身を置くことなどを切り口として、「本来の人間を取り戻そうぜ」ということを世の中に発信しようと、あれやこれやと話をしているところです。
この対極にある2つのことを、僕はそれぞれ追求していく。これを「軸がない」と捉えるか、「ハイブリッド」と捉えるか。答えはいずれ時代が教えてくれます(なに格好いいこと言ってるんだか)。
最後に
最後に、僕の生き方のモットーを。
いくつかありますが、そのうちの一つは「バランスよく、しなやかに」です。
ぶっちゃけ「しなやかに」は、最近加えました。元々は「バランスよく」だけだったんですが、いつまでもバランスバランス言ってるのは、「本当に軸がないな」とさすがに自分でも気づいてしまい、そろそろアップデートしていかないとな、と。
いつだったか、「しなやか」という言葉を見て、響きを聞いて、意味を調べて、「これだわ」と思いました。
「しなやか」の意味は、「柔軟で、且つ、弾力に富んでいること」。
バランス感覚はおそらく僕の持ち味なのでこれからも常に意識しながらも、これからはバネがしなるような「強さ」も意識していきたいと思います。「強さ」とは、マインド面(精神的なタフさ)ももちろんそうなのですが、より現実的な視点として、「時代の変化にも対応できるスキルセット」のことです。
ただでさえ刻一刻と変化していく時代だったのに、コロナで価値観が根底から覆されるような世の中です。昨日も専門家会議から「新しい生活様式を」なんていうフレーズが出てきました。これは「価値観根本的に変えていこうね」っていう話です。
こんなことがこれから先バンバン起きてきます、きっと。そんなときに「しなやかに」生き抜いていきたい。
ここまで読んでもしかしたら一つ疑問が浮かんだ方もいるかもしれません。
「で、何がやりたいの?」
ワクワクしたのもわかった、必要不可欠なのもわかった。
「で、何がやりたいの?」
このあたりは、おいおい書いていきます。
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございます。わたくし山猿はアホみたいに山ばっかり走ってるわけではありません。日々悩みながら、多少頭も使いながら生きています笑。そんな葛藤や苦悶なんかも、このブログではお伝えしていきたいと思います。
ではでは。
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